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2007年10月 2日 (火)

ブロガーは何が出来るのか?

■皆様も、ミャンマーが、報道規制に踏み切ったことは、ご存じだと思う。今回は、そのことに関連する形で、管理人がいつも拝読させて頂いているブログでのやりとりを読ませて頂き、いろいろ、そのことに対する見解も含めて、自分のブログ、及び、ブログへのスタンスについて考えさせられることがあった。

もう、皆様、お読みかもしれないが、まず、次のエントリを参照頂きたい。

・finalvent様(この事態はちょっと微妙

・エレニ様 (ブログの使いよう

・BigBang様 (ミャンマーのこと―相対主義の地獄を超える

■まず、管理人は、拙ブログは「息抜き」であり、いかなる政治目的・活動にもコミットメントするものではないとすでに表明してきた。ただ、国際情勢や、国内政治について、エントリする限り、それは、私、個人の意図とは、別に、波及効果を持つ以上、不可能に近いのかもしれない。欧米の、日本のジャーナルなどは、まだフィルターを通している。辛辣に言えば、バイアスがかかっているのだろう。私の場合は、無意識に、そして意識的に、さらに、フィルターを、バイアスをかけてきた。それは何かというと、大きな影響力を持ってしまわないこと、誤解を極力さけること、アジテートでなく、思考のひとつの材料(情報)を提供することにある。その方法として、文献、主要ペーパー、ジャーナルをソースに、ファクトに対して、出来る限り、客観的に、分析的にエントリすることである。アカデミズムに近い手法をとることである。それゆえ、殊更、脅威を煽ったり、不安を掻き立てることは、していないつもりである。これが、国際問題、国内問題に対する、私の、一貫した姿勢である。(こと、国際問題では、アメリカからの視点が多いが・・・)

finalventさんの上記のリンクから少し引用させて頂く。

私は、ネットのような通信インフラへの権力の介在は断固反対すべきだし、それに対して抵抗、及び海外からの支援をしなければならないと思う。ただ、今回の件で、日本のブロガーがその点で何ができるかは難しい。・・・私にミャンマーで苦しむ知人がいるなら私の良心は直接的な友愛の行動を取るだろう。あるいはなんらかの友愛の心情が先行することもあるだろう。だが、たぶん、ブロガーとしての私は、ブロガーであることによって一端「疎外」され、良心への関わりが自己の友愛から少し引き離される。

確かに、この度のミャンマー軍事政権の対応については、管理人も同様、断固反対するべきだとは思うが、引用にもある通り、どのようにして、抵抗・支援ができるのか、その方法を知る人は、殆どいないであろう。その方法の確認、アプローチ、実効性・有効性の問題などを確認する方法をである。

ブロガーとは何か、誰を指すのか、どういう定義になるのかは、また、難しい作業ではあろうが、簡単に、「ブログを書く人」と定義するならば、私も、ブロガーになるわけだが、これも最後の文章と同意見である。例えば、仮に、私の家族や友人が、現在、ミャンマーにいるとすれば、私は、客観視する主体でなく、主観的な主体として、ブログ媒体に頼らず、あらゆる、措置を思考し、行動に移すだろう。

エレニさんは、決して否定はしないものの、大雑把に言えば、自らの限界とダブル・スタンダードにならないような配慮を持っておられる。こちらも少し引用させて頂く。

ミャンマーの問題でいうなら仮に軍事政権が倒れたとしてそれによって抑えが効かなくなる部分、スーチーさんが出てきたからといって解決するわけではない、生まれるかもしれない混乱まで射程に入れているのかということもあるでしょう。私は今回詳しく見る余裕がありませんが、ブログで発信している人たちのことも構図の中で見ていかなければならない。私が関わるとしたら構造を提示する役割を果たします。ただそれを把握するだけでかなりの労力ですし、それが出来ないなら私はやらない。私にとってはそれだけです。おっしゃるとおりどう関わるのかという主体的な問題になりますし、最低限構造の理解に基づかなければならない。一言でいえばミャンマーの様々にいる民族の構造の生み出す困難とその苦悩を負っていけるのかということでしょう。もちろん他者である限り本当に「負」えるわけではないのですが。(エレニの日記:ほぼ同意見になってしまうのですが

実は、管理人が上記に書いたスタンスは、このことへのほぼ同じ配慮もある。つまり、想定内の影響、効果であっても、必然的にそれは、このネット空間内外では、想定外になる。いずれにせよ、想定内であれ、想定外であれ、私は、波及効果した現象に対して、責任が持てない。

私自身のブログで言えば、アメリカを中心とした世界認識、欧米のクオリティ・ペーパーやジャーナルといった、フィルターに守ってもらっている。そして、エントリでつける様々な留保は、その影響力を抑えるための手段である。それゆえ、殆ど、表層的な、話題のトピックしかエントリしていない。もちろん、詳しく調べ、情報収集・精査する時間的制約などがあるのは事実だが、正直、逃げているのだろう。私のようなアクセスの少ないブログでも、グーグル・ヤフーJP検索で、トップに来た時は、少し、恐い思いをした。もう、ブログをやめようかと思ったのも事実である。今、どれほどの日本の方がたが、今臨時国会の争点である、インド洋上での給油継続だが、では、実際、どれだけ、現状、アフガニスタンの情勢をご存じなのだろうか。これも、ミャンマー情勢と同様、複雑の諸要因からなっている。例えば、私が、知りうる範囲でののアフガンの情勢を書けば、ひどくオーバーに言えば、拙ブログは、潰されるかもしれないし、まあ、その程度のことはいいのだが、それがもたらす影響に対して、私は、それが、結果、プラスであれ、マイナスであれ、それに呑み込まれるのを避けているし、責任を負えない。

■このような私のある意味、消極的な姿勢とは、反対なのが、BigBang様のエントリである。

こちらも、少し長くなるが上記のリンクから引用させて頂く。

ブロガーの役割が、主体の一貫した継続的な責任表明であるべきだというのは、平和国家に住む者としては、おそらく誠実な姿勢であろうが、そうしたことに逡巡している間に時は経過し、暴挙は続いていくかもしれない。電話もネットも新聞も止められている国に対峙するにあって、我らのこうした「知的誠実さ」が、「意志の継続」が、決定的な意味を果たして持つだろうか。その誠実さは自己への生き方への誠実さであっても、彼らに対する誠実さになるのだろうか。100日だけ関わることしか出来ないなら、1秒も関わらないほうがましであると、言っていいのだろうか。

かのエントリーでは、日本にもたらされていない、否、日本語化されていない情報のほんの一片を伝達した。そしてそれは、自分という主体の継続的な主張や思想の表明ではもちろんなく、単なる一時的な伝達であるかもしれない。無責任の謗りがもしあるとすれば、それもわからないでもない。だが1分であれ、10文字であれ、情報の伝達がどんなかたちであれなされなければ、我々は彼の地の出来事への価値判断もできないであろう。もちろん情報の取捨選択は厳になされなければならない。最低限の判断の材料として、現代のミャンマーで何が起きているかを知らせることは、甘い正義感ではなく、不可避のソリューションだと思う。

仮に自分が継続してできなくても、その後を誰かがリレーしていくかもしれない。その誰かが息を切らしたら、今度は自分がまた走る。そういう形があっても、否、人にとってそれこそが苛烈な問題に対していくための唯一の方法ではないのかとすら思う。100m走れなければ1mも走るべきではないとは、自分は思わない。

ブロガーの、いやブログを書く者としてコミットできる可能性が少しでもあるとすれば、僕はほんの少しバトンを前に向けて進めて行きたいと思う。その距離はきっと、途方もなく、馬鹿げて小さいものでしかないこともわかっているが。にも関わらず走らないよりはましだと思っているわけだ。一方で目は凝らしていくのは言うまでもない。

このような姿勢は、敬意を表するものであるが管理人とは、(若干)、スタンスが異なる。ただ、このエントリは、非常に考えさせられることが多い。ただ問題は、御本人もおわかりだと思うが、どのような問題に、どのようにコミットし、バトンが歪曲されず、「前」へ進む、高い見通しが、予測が経つのか、このあたりは、問題である。つまり、時に、何もしないという方が、結果、良い場合もあるし、つまり、作為・無作為も行動である。白か黒かそんな単純なことではない。とはエントリーにもあるが、その間には、グレーもあって、ここは、視界不良の手探りな空間、領域である。BigBang様の見解には、概ね、共感するのだが、時に、立ち止まることも、必要であり、そのグレーゾーンの中を、ブログがどれだけ視界良好に出来るか、その情報が、より混乱を招かないか、フラストレーションだけを溜めないかを見極めるは難しい。ただ、管理人は、管理人の手法で、出来る範囲やるつもりだが。

■最後に自分のブログ、エントリには、いつも通り卑下する内容だが、今後も、ブログ方針が変わることはない。管理人は、あくまでも、アカデミズムをベースに分析的手法を取るだろう。特に、欧米がどう見ているかが、それに対する見解というパターンになると思う。

ただ、あと一か月で、このブログも1年を迎えるにあたって、ブログとは、ブロガーとは何かを考させられる良い機会を頂いた、finalvent様、エレニ様、BigBang様には、大変、感謝している。

恐らく、御三人からすれば、管理人は、ブロガーではないだろう。管理人には、考え方・方向性を示すのが精いっぱいだと思っている。

ブログの用途は、個々人、多々あっていいとは、これまでも言ってきたことだが、その考えに変わりはない。

ただ、ミャンマーの件で、ネットやブログが取り上げらてたことは、大きな意味を持つと思う。ブログの持つ、ポテンシャル、パワーを継続して、観察していきたい。その上で、常に、①「情報の選択」-②「情報の伝達のあり方の選択」-③「受けての①②に対する理解の差異(選択)」に常に配慮していく。もし、仮に「誠意」や「継続」という言葉を当てはめるなら、管理人には、力不足ながら、この部分である。

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受信: 2007年10月 6日 (土) 14時55分

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