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2007年7月21日 (土)

YMOとは何だったのか

■早く、梅雨が明けないかを心待ちにしている。最近、友人にYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のCDを借りてきいてみた。

当然、管理人は、YMOが結成され、ワールドツアーを行い、社会現象を起こしたことは、リアルタイムでは知らない。

ただ、この音楽は、現在のエレクトロニカにも、負けない、不思議な鮮度があり、古さを感じないのである。

今年の5月には、ライブを行ったようであるが、YMOについて少し思うことを書いてみる。

■YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)とは、坂本龍一さん、細野晴臣さん、高橋幸弘さんが、1978年に結成した、バンドグループである。(念のためWikkを付記しておく参照

日本での活動より、ワールドツアーを先行し、日本に「テクノ」という音楽ジャンルを確立したのは、周知のとおりである。

当時、シンセサイザーを使った音楽は、大変、斬新で、流行したらしい。シンセサイザーとは、言うまでもなく、オリジナルでなくても、それに近似の音が出せる。

ここからは、管理人の独断と偏見を承知で、少し、YMOの音楽ではなく、そのスタンスについての解釈を述べてみたい。

■正直、管理人、YMOは、「現在の日本、これでいいのですか、アジアを(欧米以外も、)もっとみましょうよ」という開き直りだと思っている。

音楽的な斬新さは言うまでもないが、シンセサイザーというテクノロジーが、オリジナルでなくても音を作れますよ。それで、いいんですか。もっとオリジナルを見直しましょうよという逆説的な意味合いが濃いのではないか。

当時、彼らが、人民服でパフォーマンスを行ったのも偶然ではあるまい。

また、坂本龍一さんは、クラシックをベースにしながらも、民族音楽の造詣も深く、武満徹氏批判も行っている。

「西洋」と「東洋」、「和洋折衷」 「伝統」と「新技術」、こういった問題を投げかけている。

現在のエレクトロニカと違うところは、音楽理論が、西欧クラシックをベースに、しっかりしている点である。

そういう意味においては、単なる、復古主義的な日本の伝統・文化に固執することではない。ただ、互いの差異を認識して、尊重(融合)していきましょうという挑戦が、シンセサイザーでなされたのではないか。

このことはまさに、明治以降、西欧化してきた日本に対して、戦後も、アメリカ文化の影響を色濃く受ける様相に、一時の疑問符を投げかけたのではないか。

これは、かなり管理人が肯定的にYMOを解釈している。所詮、西欧がベースにあるではないか。アジアといっても、西欧からの視点ではないのかという思いもある。

ただ、もう少し、グローバルに捉えるなら、西欧であれ、東洋であれ、どこであれ、その固有の音楽を考え、尊重しましょう。というスタンスだと考える。

正直、管理人は、YMOについては、詳しくない。(そのため、疑問形が多い)、何かご教授、頂ければ幸いである。

国際政治に話を移せば、東アジア共同体構想をはじめ、アジア主義を問い直す作業が、近年、盛んである。

この時期に、YMOは、なかなかタイムリーではないだろうか。ただ、テクノカットは、もう流行らないと思うが。。。

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