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2007年6月26日 (火)

想像の共同体?右と左の奇妙な一致

■まず、お知らせです。エントリーとは、関係のない、特に、スパム、宣伝系のTB、コメントに関しては、管理人の判断で、削除させて頂きます。どうぞ、ご理解の上、今後も拙ブログをよろしくお願いいたします。

■ここに来て、再び、よく目にするようになった、ベネディクト・アンダーソン氏だが、彼の代表作、『想像の共同体』を下敷きにして、最近の右派・左派の言論、日本の右傾化について、漠然と考えていることを述べたい。

■ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』は、ナショナリズム論を考える上では、必読文献になっている。昨今は、グローバル化と伴って生じているナショナリスティックな現象について述べている。

■基本的に今回は、ベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」論を批判するものではない。抽象的な国民の連帯が、文字や言葉、現代では、インターネットや携帯電話を媒介にする、ナショナリズムとして、国民性を高める。その連帯性こそが、ナショナリズムであり、「想像の共同体」である。とかなり乱暴にまとめてみたが、ディテイルを批判しだせば、キリがないので、上記にも書いた通り、今エントリーでは、それは、行わないが、この連帯性をキーワードに少し、頭を整理しようと思う。

■アンダーソンは、国家と国民をわけ、後者にその想像の共同体をみるわけだが、この国民共同体を国家の1つの側面と捉えれば、国民国家自体を表現しているとも解釈できうる。その上で、その連帯性をナショナリズムと捉え、ナショナリズムなき国民なしと主張するわけだが、この「想像の共同体」論は、彼から言えば、国家の虚構性を表し、抽象的な国民概念を表すわけだが、国民共同体と国家を捉えれば、国家の抽象性を言い換えているとも取れる。

又、管理人は、マルキシズムを擁護するほど、洗礼は受けていないが、マルクスの系譜にあたる、ドイツ・フランクフルト学派にしても、例えば、アルチュセールにしても、異なるパースペクティブ(視角)からだが、同様の見解をみてとれる。つまり、連帯性という幻想である。

ただ、彼らは、その国民共同体が、想像の共同体(架空の連帯性)からなる、としかまで言っていない。

■ここで、現在の日本の言論に目を移せば、このアンダーソン氏やそれらの見解に批判はあるのかもしれないが、根底では、共通している。それが互いに国家のどの側面をさしていようとも、国民共同体に帰属し、一部を除けば、みな日本という国家を思っている。ただ、その思い方、愛し方が、アプローチが異なるというだけである。このことに関しては、問題はない。ただ、右派は、右派内部での連帯、左派は、左派内部での連帯を求めているので、両者は、激しく論争しているようで、論点はかみ合っていない。この部分においては、閉じている。が、両派が、最終的な高次の次元で、一致しているように思える。つまり、想像の共同性、連帯性を超えたところに(より、上位の次元において)、崇高な何かがあるという点である。これは、奇妙な一致である。そして、その崇高な何かとは、誰も答えてくれない。

その崇高な何かとは、「美しい国、日本」なのだろうか、それとも「平和国家、日本」なのだろうか。管理人が常々、両派にリアリズムを感じないと述べてきた理由は、ここにある。つまり、崇高な何かがありますよという結論ありきの言論で、曖昧さを拭いされないからである。

■ただ、管理人は、右派、左派を批判、否定できる程、ニュートラルで、公平ではない。ただ、自己規定を避けているだけである。恐らく、読み手の皆様が、それは判断すれば良いことだが、管理人自身、アメリカには、思い入れがあり、現状、アメリカ重視の親米保守派なのかもしれない。少なくとも、そう言われてきた。

ただ、目的論的な自分で自己規定が出来るという考えは、ある一定の限界がある。例えば、哲学者、ハーバーマスは、そのコミュニケーション行為で、普遍的な合意形成の重要さを説いたが、ある学者に、その合意のあと、どうなるのかと質問されて、答えられなったそうである。

今の日本の言論界にも同じことが言えないだろうか。ある種の欲求を満たしうるナショナリズムであれ、アンチ・ナショナリズムであれ、その先は、崇高ななにかによって、誤魔化されている。最近は、そんなことを考えている。

とはいえ、所詮、管理人も自己満足に過ぎない。ただ、あれこれ、考えるぐらいの自己満足は、お許し頂きたい。

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