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2007年6月30日 (土)

歴史認識問題(2)日米

■本来ならば、(2)は、日中にする予定であったが、またも、この大臣の不適切と思われる発言である。

米の原爆投下「しょうがない」=ソ連参戦防ぐため=久間防衛相

6月30日13時2分配信 時事通信

 久間章生防衛相は30日午前、千葉県柏市の麗澤大学で講演し、米国の広島、長崎への原子爆弾投下が日本の無条件降伏につながり、ソ連の北海道侵略・占領を防いだと指摘した上で「(原爆で)本当に無数の人が悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今しょうがないなと思っている」と述べた。
 久間氏は長崎県出身。原爆投下を一定評価した発言ともとれるだけに、波紋を広げそうだ。
 久間氏は当時の戦況について「(米国は)日本が負けると分かっているのに、あえて原子爆弾を広島と長崎に落とした。そこまでやったら日本も降参し、ソ連の参戦を止めることができるということだった」と説明した。 以下、略・・・

■前回同様、管理人の分析レベルを用いて、日米のこの認識問題を考える。

まず、前回と重複するが、重要事項だけ、確認しておく。

歴史認識問題とは、「歴史上の事実に対する認識・意味解釈をめぐる争い」と定義する。

その上で、管理人は、3つの分析レベルを用いる。

■歴史認識問題の3つのレベル

①ファースト・レベル(検証レベル)

歴史的事実を様々な史料に基づいて、(出来うる限り)客観性をもって、検証するレベルである。

②セカンド・レベル(認識・解釈レベル)

①の事実を認識・解釈するレベルである。つまり、歴史的に位置づけるレベルである。

③サード・レベル(実質的・運用レベル)

①、主に②を実質的に使用するレベルである。つまり、政治や経済などに反映する・されるレベルである。

単純な図式にすれば、①→②→(③)となるのが、好ましいが、必ずしもそうなるとは限らない。

■今回の久間大臣の歴史的発言が①のレベルからみて、妥当と言えるかは、今回は、問題にしない。ただ、日米のこの問題は、これまで、両国間では、それほど、大きな政治問題化はしていない。

前回エントリにもコメントしたが、自国が都合の良い歴史認識をすることは、極めて、当然のことである。ただ、この広島・長崎における原爆投下は、それ以上に、当時、そして、現在までの日米の関係、日本の置かれた国際環境という要因が大きな影響を及ぼしている。

①のレベルから見れば、客観的な事実としては、問題ない。ただ、アメリカの原爆投下の背景に関しては、更なる、研究と情報開示が、日米ともに求められる。

②のレベルに関しては、多大な悲劇であるという認識は、概ね一致しているが、その意味解釈が大きく異なる。ここが一番の問題であろう。

管理人は、上記のレベルにおいて、②では、一致と書いたが、それは、最終的な理想であり、近似すれば問題ないと考える。そもそも、はじめから、一致を求めるのは、ハードルが高すぎる、段階を踏むべきだと考えている。

管理人の個人的な経験で、申し訳ないが、アメリカにも教科書は、いくつもあるが、この原爆投下を間違いであり、反省・謝罪すべきと書かれたものは、殆どないであろう。(少なくとも管理人は見たことがない。そういうものをご存知の方は、ぜひお教え頂きたい。)

カワセミ殿がエントリ(歴史認識問題の難しさ)で、用いられている例えだが、非常に的を得ている。引用させて頂く。

日米間を例にとる。広島・長崎への原爆投下は、客観事実としては特に問題なく一致しており、悲劇であるという認識も双方にある。しかし日米の解釈としては、米国は終戦を早めるのに役立ったとし、残虐な結果はしばしば戦争の中で見られる悲惨なものの一つだとすることが多く、日本は特別な意味合いを持つ民間人の大量虐殺だと認識している。また口にはあまり出さないが、米国にしてみれば少しでも自国の死傷者を減らす役に立ったのだからそれだけでも意味があったと思っているだろう。当時の日米はいずれも純然たる敵国であったという当たり前の事実がそこにある。このように解釈面では大いに違うが、このような悲惨な兵器が使用されてはならないという意見は大筋で一致する。使用をタブー視する度合いは今でも違うが、政治的道具である以上日本も核の傘が無ければ論理は米国と大差なくなる。極力使わず、どうしてもそれ以外に選択肢がないという切迫した究極の段階で検討するということであろう。

後半部分は、管理人の③のレベルに該当するであろうが、前半に意味解釈の相違に関しては異論はない。後半部分においては、多少、見解に補足がある。

③政治レベルの話になると、多様な見解があるのだろうが、管理人は、少しずつ、①に基づき、アメリカ、国際社会に広報していく他ないように思える。もちろん、①に関しても、その史料はアメリカが持っており、困難さは、あるだろうが、それは、政治レベルに左右されないアカデミズムに努力してもらうほかない。では、この政治レベルでは、どうすべきかということだが、現実を直視して、現状、アメリカとこの問題で、摩擦・衝突することは、日本の国益を損ねる。おそらく、戦後からこれまでも、そうであった。

アメリカという国は、非常に歴史コンプレックスを抱えている。そして、戦後、世界の秩序を形成・維持し、冷戦終結後は、1極構造のハイパーパワー(超超大国)である。このアメリカの歴史の形成化は、アメリカの理念(正義)に結びつく。ホロコースト記念館がワシントンに、あるのもその一例であろう。現状のアメリカをみても、そして、日本をみても、国際情勢、国際環境、東アジア環境、日米関係などを、総合的に判断しても、今、アメリカと認識問題で、摩擦・軋轢を起こすことは、繰り返しになるが、日本の国益に反する。

では、「しょうがない」で、片付けて良いのであろうか。現状は、上記に何度も書いたが、日米関係のマネージメントは、マイクロレベルまで、気をくばらなければならい。日本政府がすべきことは、段階的に時間をかけて、歴史的検証に基づき、また、その情報開示も求めながら、それを根拠に、アメリカに説得、日本国民の感情を理解してもえるよう広報戦略をたて、パブリック・ディプロマシーを行っていくしかない。

そのためには、日本は、アメリカにとって、極めて重要な国家であるということを、働きかけ続ける必要性もある。そのためには、意思表示・法的、制度的レベルを整える必要もあるだろう。アメリカを牽制するとか、敵国性を示すなどということではない。いかに、日本がアメリカにとって必要不可欠な魅力性、戦略性を示すことである。そのための駆け引きはあってしかるべきだと考える。もちろん、タイミングや内容が重要なことは、言うまでもない。

以上が管理人の見解である、つまり、時間をかけて、段階的に、働きかけるというものである。国際社会の公正や尊厳を重要視する傾向も高まっている。又、人権・人道規範の理解や拡大も大きな意味をもつ。アメリカとは言え、この傾向を無視することはできない。むしろ、アメリカが率先してきた部分もある。

非常に難しい問題であるが、この度の久間大臣の発言は、原爆被災者、その家族をはじめ、関係者には、おそらく、ひどく、この現実を理解してらっしゃるとは思うが、そのような人に対しての慰めでもなく、諦めにしか聞こえないだろう。

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コメント

こんにちは。
原爆が対ソ牽制のカードであったとする説は聞いたことがありますが、原爆投下がソ連参戦阻止が目的だったというのは聞いたことがないですね。
その論理で、原爆投下以外に選択肢がなかった=「しょうがない」とするのは、かなり粗雑な見解だと私も思いますが、今の大臣叩きの現状はいささか異常で、アメリカでは「米兵の損害を少なくするため」というもっと乱暴な論理が一般的なのですから、ここで大臣を辞任させても何の救いにもならず、冷静かつ理性的な対応が求められていると思います。

日本の終戦については基本的に「外交で戦争を終わらせた」と言う事実、「本土決戦前に無条件降伏を受け入れた」という政治決断が重要であって、原爆の効果は副次的であり過大評価されすぎていると私は思います。
吉田茂は「戦争で負けて外交で勝った歴史はある」と言ったそうですが、その後の平和と繁栄も関係者の不断の努力の賜であって、憲法9条もまた(左の人だけでなく右の人からも)過大評価されすぎているという印象を受けます。

人々が歴史を認識する場合、とかく原爆とか9条とか象徴的なものに飛びつきがちということなんでしょうけど、実際の世界の歴史を見れば、「外交で解決する」というのがいかに大変なことかとつくづく感じるわけで、そういった人々の努力を正当に評価し支援していくことが大切なんではないかなあと思っています。

投稿: 板倉丈浩 | 2007年7月 1日 (日) 12時25分

板倉さま

コメントありがとうございます。仰る通り、原爆投下の背景を含めた説明が適切かどうかもありますね。アメリカの論理にも、いくつものファクターがあるでしょう。

と、同時に、日本側の論理にも、いくつものファクターがあるわけです。その両者を個別にそして、関連づけて行い説明する作業を政治家に求めるのは、酷でしょうかw

ただ、どのような文脈であれ、「しょうがない」というフレーズを使ってしまうと、そこで、思考や議論が停止してしまいますね。

多くの日本人の原爆の認識に関しては、石井修先生が、ユニークな説を述べられておりました。つまり、当時もその後、しばらくも、多くの日本人は、あれが、原爆投下だと、認識していても、あまり重要視してなかったというんです。その後、アメリカの水爆実験で、被爆することになるビキニ礁事件が大きな転換になるという説ですね。この説が妥当かどうかは、難しいところですが、少なくとも、アメリカの原爆投下は、許せないという風潮が国民広く一般に拡がったのは、事実です。

又、メディアも野党も揚げ足取りで、権力チェックをしてるなどとは到底、思えません。

板倉様のお言葉をお借りすれば、まさに、異常であり、だからこそ、冷静さが求められるのですが・・・。

歴史的に見て、外交で、事態が大きく動くというケースは、ごくまれです。外交とは、不確実性を減らすべく、平和的に行う、様々な言動です。その積み重ねこそが、外見、大きく見えることを支えています。

つまり、そのような準備もなく、いきなり大きなことをする事は、危険なわけですね。

そのリスクとコストを減らすべく、目立たないが、尽力されている方々は、もっと評価されてよいと思いますよ。

コメントありがとうございました。

投稿: forrestal | 2007年7月 1日 (日) 23時22分

こんばんは。レスありがとうございます。

>説明する作業を政治家に求めるのは、酷でしょうかw

現状では全くダメだと思います。
政治家の知性や教養が一朝一夕にアップするとはとても思えないので、とにかく当面歴史発言は禁止しないと、マジやばいです・・・。

>多くの日本人の原爆の認識に関しては、石井修先生が、ユニークな説を述べられておりました。

石井修氏の説は興味深いですね。
反核運動によって原爆投下が象徴的な意味で認識されるようになったということでしょうか。
確か石井氏は原爆については「ソ連のことがあろうとなかろうと、日本に対する使用を前提にして開発された兵器である」という見解でした。
今回の大臣発言を石井氏がどう思ったかも気になるところです。

>歴史的に見て、外交で、事態が大きく動くというケースは、ごくまれです。
>外交とは、不確実性を減らすべく、平和的に行う、様々な言動です。
>その積み重ねこそが、外見、大きく見えることを支えています。

全くその通りですね。
特に政治家の方たちは、ぜひそういう認識で歴史を見ていただきたいなあと思います。

投稿: 板倉丈浩 | 2007年7月 2日 (月) 22時23分

板倉さま

再度のコメントありがとうございます。

かつて、シュンペーターは、政治家の仕事として、「国民の意思の反映」と、「国民への問題定義」を挙げています。この基準に照らせば、この度の発言は、そのどちらも成功しているとは、思いませんね。

最近では、国民の批判は多いのでしょうが、官僚出身や、若手政治家は、それなりの知性と教養を備えていると思います。(もちろん、それは、若手だけには、限りませんが)

又、マックス・ウェーバーは、政治家には、「信条倫理」と「責任倫理」があり、後者が優先されると説いています。

細かな研究・政策は、専門家、官僚に任せればよいのです。これが、広い意味での近代の社会分業システムですから。

では、政治家は、その役職の責任を鑑みて、的確かつ丁寧な説明をし、問題提起をすればよいと考えます。

上記、全ての失敗例が今回の久間防衛大臣の発言ですね。それゆえ、不適切には、その意味合いも込めてあります。

また、石井修先生の説ですが、これは、仰る通りです。反核運動の中心的な役割を広島・長崎が担うようになったという意味です。

まあ、日米のこの問題に関しては、概ね未来に対するビジョン(世界的な核廃絶)を共有してますので、大きな政治的イシューにはなりませんね。

私は、むしろ、政治家が歴史的発言をすることには、上記の条件つきで、肯定しています。様々な試行錯誤の中で、妥協点を見出せば、国益を損ねず、ナショナル・アイデンティティの安定化につながりますから。過剰なほどのナショナリズムを駆り立てることも、失望させることもなくやれます。ただ、これは、非常に難しいことなのかもしれませんが。それゆえ、的確(内容・時期など)かつ丁寧な説明になってしまいますけど。

コメントありがとうございました。

投稿: forrestal | 2007年7月 3日 (火) 01時01分

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forrestal様、エントリでのリンク有難うございます。長くなったのでこちらもTBでコメント代わりのエントリとします。自分の過去のエントリへの補足も兼ねていますが。 久間氏への発言にはまたかとげっそりしています。ちなみに軽く2chの関連スレを見物していましたが、そ..... [続きを読む]

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