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2007年5月25日 (金)

国際テロリズムと日本

■この時期の風邪は、やっかいである。ようやく、全快に近づきつつあるが、皆様も御気をつけ下さい。

■現在でも、アメリカは、イラクで、混迷を抱えている。9.11テロのあと、アメリカのグランド・ストレテジーは、大きく変更した。ホーム・ラウンドセキュリティをより強化し、対テロ戦争という、21世紀型のいわゆる「新しい戦争」の時代に入った。

国際テロリズムと国際社会、日本の貢献(役割)について、大まかに考える。まず、(国際)テロリズムとは、何か(定義の問題)を述べ、その後、国際社会と日本の役割(対策)について述べる。(テロリズムの歴史には、触れない)

■21世紀型のいわゆる「新しい戦争」とは、非対称的な、大量破壊兵器・技術・物質の拡散の脅威、国際テロリズムの脅威との戦いである。

特に、従来から研究や政策があったものの、アメリカ、9.11テロ以降は、急激に加速している。

まず、(国際)テロリズムとは何かということだが、これは、非常に難しい。つまり、国際的なコンセンサスの取れた、テロリズムの定義がないのが現状である。学問研究の領域でも、世界的に著名なブライアン・ジェンキンス(Brian M. Jenkins)は「何がテロリズムかは人の観点による」と述べ、又、ウォルター・ラカー(Walter Laqueur)に至っては「テロリズムの定義は不可能」だと断定して、試みることすら放棄している。

つまり、テロリズムとは、ラベリングによるもである以上、後世の歴史的・政治的状況によって、認識・意味解釈が異なる。(当然、歴史的に自らをテロリストと名乗るものは、殆どいない)

しかしながら、なんらかの定義なしでは、議論にならないので、管理人は、かなり広範囲な定義をしておく。 (wikiが定義、歴史、パターンと参考になるので、付記しておく:Terrorism

「恐怖をおしつけるために、ある支配的な形態、思想に対して、(計算された)無差別な暴力行使あるいは、その脅し」と暫時的にしておく。

又、テロの上記のような概念分析や、プロセス、戦略、国家テロ、宗教テロ、自爆テロなどのパターンや、テロの歴史などが、研究されているが、今回は、テロリズム自体のコメントは、上記に控え、これ以上は極力、扱わない。

■次に国際社会の取り組みであるが、1934年に、国際連盟が、草案作りをはじめ、条約化している。これが、従来までの、国際法上のテロ行為の基準となっており、国際犯罪とされてきた。しかし、9.11テロの後は、ニューテロリズムとして、アメリカが率先する形で、グローバルな問題になっている。(批判的に言えば、テロとの戦争という大義を得た、新たな国際秩序の構築とも言える。)しかしながら、サブナショナナルなテログループに対する、資金援助禁止は、国際的なコンセンサスがあるものの、それ以上の条約は、まだない。

例えば、アル・カイーダのようなグループを想起してもらいたいが、国際テロリストは、現状のグローバル化を利用し、オープンな国際政治経済システムを極めて有効に利用している。皮肉なことに、WWⅡ後、このシステムを構築し、維持してきたのは、アメリカである。

こちらが、アメリカ、国防総省の知識ベースになっている、世界のテロリズムサイトである。(念のため、リンクしておく:参照

又、アメリカ、国務省が出している、カウンターテロ対策として、4つ挙げている。

① テロリストに譲歩しない

② テロリストを裁判にかける

③ テロリストを支援する国家を孤立させ、圧力をかける

④ アメリカと協同して、反テロを行う国家、アメリカに支援を求める国家に対しては、カウンターテロリズム能力の促進させる。

以前にマックス・ブート(Max Boot)が「テロリストは、ウイルスである」とフォーリン・アフェアーズの論文に載せている。この例えが的を得ているかは、判断が難しいが、ウイルスであるのなら、そのウイルス発生源・要因の分析からなる特効薬の生成と感染領域の非拡大化を行わなければいけない。つまり、根本要因に対する分析と、現状の状況に対処するダブル・トラックで望まなければいかない。現在、その特効薬はないが。。。

管理人も例えにアル・カイーダを使っているが、イスラムに対するイメージ先行や、貧困のみが根本要因であるという理解は、避けなければならない。

基本的にテロリストと呼ばれる人達は、そのほとんどが、比較的、富裕で、知識・教養もあり、国際情勢に長けている。恐らく、最も効果的な方法は、情報・インテリジェンスで、相手の行動を先に読み、ある一定の領域、表面化しない状態に閉じ込めておくことだろう。

そのために、国際社会は、ループホールを作らないよう、協力関係を強化しなければいけない。

■最後に少し長くなってしまったが、日本の貢献として、日本外交のメリットでもある、ソフト面で、積極的に貢献すべきであろう。つまり、ODAや、JICAやINGOsによる、様々なインフラ構築、又、経済的なシステムの調整、カウンター・インテリジェンスの充実などである。あるいは、国際法制化に働きかけるのも重要である。それにしても、日本のテロリズム研究は遅れている。この分野の活性化も言うまでもない。

又、機会を改めて、日本の(国内)テロリズム対策については、論じる。

それでは、みなさん、よい週末を!

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「安全保障」カテゴリの記事

コメント

foreign Affairsにブレア首相が寄稿していたものがありましたが、本質を示した良質の論文でしたね。どのような国際的政治闘争も内政事情の反映であるという原則をここでも見る思いがしました。

イスラムに関して言うならば問題の中心はサウジなのですが、では現状を改善する手立てとなると難しいですね。イラクからの波及効果を狙った節もありますが現状はかくの如しです。

トルコ以外に、もう一つイスラム地域で近代化した国が出来ないものですかね。脈があるのがイランとソマリランドかもしれないというのが何とも。

投稿: カワセミ | 2007年5月29日 (火) 01時51分

カワセミ様

コメントありがとうございます。
ブレア首相の論文は、非常にクオリティの高いものだと、私も思いました。ご存知の通り、もう、英国誌では、「サッチャーとブレア、英国は、この30年の間に、二人の有能な宰相に恵まれた」と賞賛されてました。又、かつてのチャーチルのようである。とも。これは、どうかなあと思う部分がありますが、とにかく、賞賛には、間違いありません。日本でも、あのような論文が書ける、総理、又、批判・非難だけでなく、賞賛もできる、バランスの取れた、各メディア文化が育ってもらいたいものです。

さて、イスラムですが、私の好きなイスラム研究者の池内恵さんが言うには、イスラムに対して、過激なところと、慎重なとことのバランスが非常に悪いそうです。これは、アメリカを見てもそうなんですが、多分にダブル・スタンダードですし、まあ、それも、国益を考えた、国際政治では、よくあることですが、サウジに関しても、仰る通り、現状維持ですね。つまり、イラクの問題に関して、コミットしないというのが、周辺の中東諸国のコンセンサスになっているようです。

イランも又、難しいところがありますね。某元大使で、現在、大学の客員をされている教授のJAPAN TIMESにのった、イスラムの近代化に対する、いわゆる政治と宗教の分離を日本の文化外交でというものでしたが、その方法論は、非現実的、不透明なものが多かったですね。
イランに関しては、視角、見方によるのでしょうが、イスラムでは、普通選挙が行われ、比較的、自由なようです。アメリカがイランを自由とデモクラシーで批判できるかは、かなり難しいですし、狙いは別にあるのでしょう。ただ、仰る通り、イラン、ソマリランドが最も、近いでしょうね。

破壊には、成功し、コントロールでは、苦悩している、アメリカですが、時間がかかっても、イラクを近代化させるしかないでしょう。

コメントありがとうございました。

投稿: forrestal | 2007年5月29日 (火) 20時38分

カワセミです。お世話になっています。

>二人の有能な宰相に恵まれた

どちらかというと歴代の英国の名宰相は保守色を感じさせる人が多いのですが、ブレア氏は微妙に異なるタイプでした。もちろん伝統を引き継ぐという面でそのような側面を色濃く残しながらも、リベラルで進歩主義的な面を現実を見据えながら推進するという一貫した姿勢が見られました。これまた違うタイプの人物となりますが、かのグラッドストンのあり方を多少なりと思わせるものがあります。道義性に関する考え方は少し近いかもしれません。少なくともチャーチルよりは似ているでしょう。

池内氏の著作は私も読んだことがあります。もちろん専門性の高さというのもあるのですが、氏は本質的に知能指数が高いというようなタイプで、頭の回転が速く限られた情報から的確に物事の本質を捉えるタイプの人物ではないかと考えています。専門分野をアラブ以外の何かに向けたとしても優れた結果を出す人なのでしょう。

氏の言うところのバランスの悪さというのは難しい問題で、イスラム共通の長所と短所、地域や民族、氏族、部族、宗教派閥といった集団の長所と短所を混同して議論することに混乱の多くの原因があるのではないでしょうか。恐らく欧米も日本も大きな枠組みで捉え過ぎなのでしょう。またコーランの近代的な解釈をする宗教家が今ほど望まれているときはないのですが潰される構造になっていますね。

イランは世俗的で宗教心も薄い傾向にあるようです。ですが、世俗的な政治勢力に限って腐敗しやすい傾向があるので当面の発展がうまくいかない事がしばしばある。ケマルのような人物は偶然にしか出てこないでしょうし、かの地域での声望はしばしば戦勝というものが最大のものであったりします。そしてその当初はとても非人道的に見えるものでもあります。米国はイラク国内で必死に各勢力の対立を止めていますがそれが長期的な益となる保証がないのが悲劇です。核兵器や化学兵器がこの世になければフセインを黙認して、混乱の先から新しい秩序が生まれることを期待するという道はあったのだろうかと考えることがあります。ワッハーブ派の宗教警察と比較するのも意味がないかもしれませんが。

>イラン、ソマリランドが最も、近いでしょうね。

北アフリカ諸国の現状が残念ですね。モロッコとか。EU諸国の責任もありますが、かといって気楽に批判できる状況でもないでしょう。人口の少ないリビアなどでどうにかならないものかと思うのですが。

投稿: カワセミ | 2007年5月31日 (木) 00時39分

つられて、ちょっとだけ失礼します。

>イラクの問題に関して、コミットしないというのが、周辺の中東諸国のコンセンサスになっているようです。

ここは言い方の問題かもしれませんが、コミットする気がないわけではなくて、今湾岸諸国にとって喫緊の課題はイラクなんです。下手したら(鬼より怖いはずの)イラン以上に重い課題になってます。あれだけ近いところですからね。不安定になるのは滅茶苦茶こわい。他人事ではいられないのです。ただ、色々な要素はありますが、最大の障害となっているのはマリキ(とシーア派多数派)なんですね。本当は米国と湾岸は一緒にやれる方向性があるのですが、宗派対立や指導部の個性が障害となってます(おそらく米国の責任もあるのでしょう)。この文脈で厄介なのがやはりシリアとイランですね。この二つがイラクで何をやっているのかを考えると米国が折り合いをつけるのがなかなか難しいというのはある意味納得いくところもあります(これも内政事情も絡み、一口に言えない複雑な問題なんですが)。
カワセミさんご指摘のとおり、サウジは色んな意味で鍵を握る国です。メッカ合意やアラブサミット、イランとの外交などを見てもわかるとおり、ここは今中東におけるあらゆるフロントで相当色んな動きを見せています。なんだかんだ言って重要なのはイラク、イラン、中東和平、それに特に最近はレバノン(+シリア)なわけですが、いずれにおいてもサウジがどういうポジションにいるかは、見えにくいところですけど、押さえておくと良いと思います。あと部外者だけど重要なのはEU、特に仏英ですね。このへんはまあ色々やってます。シラクなんかはレバノンなどに個人的にものすごい関わりをもってましたから、政権交代がどういう影響を与えるかも興味深いところです。
ついつられて、まとまりなく思いつくまま書いてしまいました。説明不足ですみません。最後に、思いつきついでに、テロに関して言えば、何が「テロリスト」とか「テロ団体」かという問題は、実は思った以上に難しい問題なんですね。メジャーどころではヒズボラ、ハマス、タリバン、イラクやスーダンの民兵なんかがイメージされるでしょうが、このへんすら国際的なコンセンサスはないんですよね。安保理決議で制裁の対象とされるときに「テロリスト」とされるわけでもないですし。アルカイダはコンセンサスがあるけど、あれは組織というよりはファッションみたいなものでしょう。「これがテロだ」というとき、結局主体というよりは行為に着目せざるを得ないところがあります。そうすると、例えば「テロ支援」を叩くんだとかいっても、その支援って誰に対する何の支援?と考えると結構難しいんですよね。だから「テロとの闘い」という概念がお手軽に唱道されるのを見ると、その切り口で対処することに出口はあるのかなあという気が、何となくですが、個人的にはしなくもありません。答えもない単なる雑感で恐縮です。

投稿: やじゅん | 2007年5月31日 (木) 01時17分

ちなみに、

>イランは世俗的で宗教心も薄い傾向にあるようです。

中東の見方の常識として、シーア派とスンニ派は決して相容れない、というものがありますが、それはイランの場合、最近では、宗教性というよりはナショナリズムの文脈でとらえられるようになっているようです。例えばものすごく大ざっぱに言えば、イラクのシーア派とイランのシーア派は宗教的にはかなり違うものなのですが(というかそもそもイランのイスラムは半分土着のペルシア思想なんですよね)、それでも対スンニでいえばナショナリズムの文脈で結束し得る、ということです。
ただシーアとスンニの構図は、細かいところを省いたざっくりしたものではありますが、やはり有効な枠組みであって、例えばサウジとイランの接近とか言われますけど、多分に戦術的なもので、これが持続的・永続的なものとは考えにくいと言われます。
イラクでの宗派対立は言うに及ばずですが、これもフセイン時代には今ほどひどかったわけでもないことを思うと、やはり宗教と異なるナショナリズム的なものの影響があるんだろうと思います。
何にしてもこの辺の問題は、いくら国民融和だなんだといってもとてもちょっとやそっとじゃ解決できないと思います。今コンパクトの会合などでベンチマークを作ったりしているようですが、ある種の諦観をもちながら、長い目で見てリスクをヘッジしていくほかないんだろうと思います。

投稿: やじゅん | 2007年5月31日 (木) 01時40分

>カワセミ様

再度のコメントありがとうございます。勉強になります。

ブレア首相に関しては、仰る通りで、付け加えるほどもないほどです。ただ、イラク戦争に関しては、「影を落とす」と現状、あまり評価はされてませんが、これは、イラクの現状とイギリス国民の感情(支持率の低下)などを反映してのことでしょう。ただ、この評価は、後世、変わると思いますし、実にリアリズムがあったと個人的には、思っております。

池内氏は、若手、アラブ研究者ですが、実に冷静で、客観的かつバランスの取れた分析をしていると思います。
思い出すのは、「ローマ法王が屈服された演説」、氏は、イスラムに過敏になり過ぎ、あの光景をみた、キリスト教徒の落胆と憎悪が増えるだけだろう。という評論ですね。コメントにも頂いた通り、アラブ・イスラムも多様で、複合的な要素から成り立っています。一般化は、避けがたいのですが、この辺りを細かくみて、行動しないと、まさに、バランスの悪さが、表面化しますね。コーランの近代的な解釈は、潰されますね。それよりも、ラディカルなオカルトや終末論的解釈が、求心力を持ってしまうようです。このあたりの構造が、非常にポイントなんですが。。。

イランに関しても、難しいところがありますね。確かに、世俗的な政治勢力が腐敗しやすいところはありますね。ケマルのような人物は、まさに歴史の偶然であって、現状、このような人物にあたる人は、見当たりませんね。
アメリカに関して言えば、いろいろと言われていますが、戦略的拠点を築くことが、第一の目的でしょうから、何が何でもというところはあるでしょうが、内政・財政・世論がどこまで持つかというところは、ありますね。

北アフリカは、EU、アメリカ、中国などのパワーポリティクスに大きく巻き込まれる前に何とかとは、思っているですが。。。

勉強になるコメントありがとうございました。


>やじゅんさん

お忙しい中、コメントありがとうございます。
近接性や、宗教など、まさに多様な要素はあるのですが、中東湾岸諸国にとって、イラクは、一番の課題であるという認識は、同じです。又、作為も無作為も相互作用するでしょう。そして、それは、イラクと自国だけでなく、より、高次の国際社会とも相互作用します。国際社会から、「中東湾岸諸国は何をしてるんだ」という批判を受けても、深くコミットしない方が、懸命であるという各国の判断だと思っています。それはそれで、合理的だと思いますが。

サウジに関しては、仰る通り、要注目ですね。ただ、サウジのポジションは、わかりにくいですし、サウジ自体も、難しいところがあるのでしょう。

テロリズムに関しては、これは、ラベリングですから、行為からの演繹によって、主体が決定するということになるでしょうか。ただ、アメリカ政府の定義が使われることが多いようです。また、アル・カイーダというのは、彼らに言わせれば、ある信条、信念を共有するかであって、組織に入る必要はないようです。そういう意味では、ファッショと言っても、大差ないのかも知れません。これに出口があるのかは、わかりませんが、アメリカの国家戦略にも関わってきますから、批判的に言う人は、終わりがないというでしょうね。ただ、ご存知の通り、アメリカは、歴史コンプレックスですから、又、新たな歴史形成を始めたのかなあ、率直に思っております。

シーア派とスンニ派も違いがあるのでしょう。又、その内部においても、異なる要素があるというのは、詳細な見方ですね。ただ、脅威・利益に関しては、結束しうるという枠組みとしては、機能しうる非常にわかりやすいですね。ただ、ここに、(アラブ)・ナショナリズム的要素が混入し、原理のひとつとして働きだすと、ますます厄介だなあという気もしますが、それはそれで、均衡し、ガス抜きになればいいのですが、そのような環境にないのが、今のイランであり、イラクであり、シリアであり、レバノンですから。

仰る通り、かなり長期的に国際社会が一致して取り組むべきだと思いますが。アメリカ・英・仏の協調を第一に、国連も抱き込むしかないのでしょう。それだけの大義を立て、協力要請できるかが、今のアメリカには、求めれれていると思いますが。

勉強になるコメント、ありがとうございました。

投稿: forrestal | 2007年5月31日 (木) 22時00分

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