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2007年5月23日 (水)

清沢洌の批判

■「世界は現在の紛争に関する日本の態度について益々わからないでいる。そのプロパンガンジストが、戦後の国際法及び道徳を以て、日本が何をしつつあるのかを説明する試みは問題をさらに混雑せしめ、不可能ならしめるにすぎぬ。しかしながら日本人が互いに何をいつているるかを知る時に、多少諒解が出来る」

昭和8年(1933年)、中央公論三月号 『非常日本への直言』より引用

*注:一部、現代カナ使いにしてます。

■この評論(内田外相に問ふ)は、昭和8年(1933年)、斉藤内閣下の内田康哉外相の外交姿勢にあてられてたものである。この時期は、ご存知の通り、前年に満州事変により、満州国を建国、日本は、その承認問題を抱え、リットン調査団が来日中であった。日本の近現代史の決定的な時期のひとつである。

斉藤内閣、斉藤実首相自体も、地味であったが、内田外相は、「国を焦土にしても」満州権益を守ると発言するという強硬派であった。

この後、日本は、国連(国際連盟)を脱退、亡国の道へと進む。

■もちろん、管理人は、現在と当時を同一視するものでもないし、日本の敗戦への道の全ての原因とも考えていない。しかし、大きな、ファクターのひとつではある。

もちろん、言うまでもなく、当時と現在では、国際環境も国内環境も大きく異なる。

しかしながら、タカ派的に、対中脅威論を煽りすぎている言論が目立つ。確かに、以前も書いたが、意思決定の不明確さ、軍事の不透明な近代化、今後の経済成長の不確実性など、様々な側面で、不安や脅威な要素はある。

それに対して、備えておくべきことは言うまでもない。

「日本は例によつて支那の刺激行動が、この挙に出でしめたといつている、併し彼らの説明は、かれ等の国内以外の如何なるところでも信じられないことは確かだ」と清沢は、米国雑誌を引用する。

又、清沢は、諒解する外交に、二つの禁制を設けている。一つは、「断じて」「常に」を禁制にしている。もう一つは、決して結果を急がないことである。

小泉前総理は、強いリーダーシップのもと、歴代総理とは異なり、また、私たちが潜在的に抱いているだろう、日本人だからわかるという甘えはなく、どちかと言えば、日本人のイメージらしくない、顔の見える宰相であった。

安部総理、麻生外相には、国内消費用の威勢のよい姿勢でなく、国際的に通用する柔軟性ある、丁寧な説明、行動の継続を願う。

又、安部総理には、結果を急がないでもらいたい問題もある。又、「主張する外交」の中身を国内外に丁寧に説明すべきである。

最後にアメリカの戦略理論家、トマス・シェリングの言葉を紹介しておく。

「脅威とは、与えられるのではなく、自ら、発明されるものである」

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