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2007年4月 7日 (土)

ミャンマーと北朝鮮の国交回復?

■北朝鮮とミャンマーは、国交回復をするのだろうか。

北、ミャンマーと国交回復へ 金外務次官が首都訪問

【バンコク=鶴原徹也】北朝鮮の金永日(キム・ヨンイル)外務次官が4月下旬、1983年のラングーン事件以来、国交が途絶えていたミャンマーの新首都ネピドーを訪問し、両国間の国交回復問題の詰めの協議を行う見通しとなった。 在ヤンゴンの外交筋が7日、明らかにした。正式調印の可能性もあるという。

 両国ともこの訪問について公式発表をしていない。ただ、ミャンマー軍事政権筋は本紙の取材に対し、国交回復交渉が前進する「可能性はある」と語った。

 両国の外交関係はラングーン事件で断絶。ただ、在ヤンゴン外交筋によると、国際社会から孤立する両国は近年、国交回復に向けた協議に踏み出しており、2006年前半の時点で原則合意。同年夏には両政府実務レベルで国交回復文書案で一致していた。

 しかし、ミャンマーの外交筋によると、その後、北朝鮮が同年にミサイル発射実験に加えて、核実験を強行し、国際社会の猛烈な批判を浴びたことを受けて、ミャンマー軍政側が「現時点の国交回復はミャンマーにとって得策でない」との判断に傾き、国交回復の動きが中断していた。

 ここにきて、国交回復に向けた動きがでてきた背景には、北朝鮮が6か国協議に復帰し、米国との関係も改善の兆しを見せているという環境の変化が考えられる。北朝鮮は米国に対し、テロ支援国家リストから外すよう求めている。そのため、米国がテロ支援国家指定する根拠の一つとなっているラングーン事件の解決を印象づける狙いがあるとの見方もある。

 また、ミャンマーは中国との関係を一層強化しており、ミャンマーの外交筋によると、6か国協議を主催する中国が、ミャンマーに対し、北朝鮮との国交回復に向けた「後押し」をした可能性があるという。

 以下、略・・・ 引用おわり (読売新聞)

■今回のこの記事は、欧米メディアでは、殆ど報じられていない。2003年には、アメリカ、2004年には、EUがそれぞれ、経済制裁法を決定、実施している。そのため、国内主要産業は、かなりの打撃を受け、経済的に非常に困難な状態にある。日本の場合は、難民救助、総理をはじめ、ASEANなどを通じて2国間対話を継続している。

ミャンマーは、イギリス連邦から1948年、ビルマ連邦として、独立し、武力闘争を経て、その後、社会主義政権を樹立、1988年に民主化デモにより、社会主義政権は崩壊するが、国軍が国家法秩序回復評議会(SLORC)を組織し政権を掌握した。(1997年、SLORC は国家平和開発評議会(SPDC)に改組)。又、国名をビルマ連邦から、ミャンマー連邦に変更、現在に至る。

民主化へのプロセスとして、1990年には、総選挙が実施され、アウン・サン・スー・チー女史が率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝するも、憲法がないことを理由に政権移譲は行われず、アウン・サン・スー・チー女史の軟禁は繰り返されている。このことに対して、アメリカは、強く批判し、経済制裁法を決定している。外務省のページが参考になるだろう。(参照1

又、民族、宗教的には、ビルマ族が多数を占めるが、独立紛争を起こしてきたカレン民族同盟を構成するカレン族や、シャン族、一時、王朝を築いたモン族などを少数民族を抱え、宗教も多数の仏教徒の他、キリスト教、イスラム教も見られる。

■非常に簡単にミャンマー(ビルマ)の戦後史をみたわけだが、冷戦期の東南アジアのドミノ理論から、冷戦後の逆ドミノ、又、昨今では、民主化の幻想とまで言われている。今回は、この問題には触れない。

■そこで、今回のミャンマーの北朝鮮との国交回復の可能性を示唆する読売の記事であるが、もともと、インドと中国に挟まれ、その影響を受け(反発し)、帝国主義時代には、イギリス領になった、ミャンマー(ビルマ)は、独立後、中立的な外交を行ってきた。しかし、1983年、ラングーン事件(wikiを付記しておく参照2)を契機に、北朝鮮とは国交、外交関係は、断絶していた。(軍事政権発足後は、主に、中国、ロシア、インドが武器売買してるのだが。)

昨年、2006年あたりから、北朝鮮との外交関係は、回復し、今回の国交回復に向けての両者の歩み寄りである。これは第一に、経済が好調な中国に対する、より一層の緊密化であろう。それだけ、経済的に困難な状況にあるということである。(つまり、ミャンマー軍事政権にとっては武器の供与、経済支援を中国に一層、求める)中国にしても、これまで以上に取り込みに好都合である。北朝鮮の狙いは、武器輸出や経済交流などもそうであろうが、読売引用記事にもある通り、アメリカのテロ支援国家から外れることが大きなファクターであろう。つまりは、体制維持である。

この国交回復がなされるかは、米朝の協議の行方、中国の動向、北朝鮮の初期段階履行が主要なファクターとなるであろうが、いずれにせよ、アメリカにすれば、厄介な状況である。北朝鮮が国交回復すれば、テロ支援国家とする根拠は、弱まると同時に、WMDとその生成物質・技術の拡散を懸念しなければいけなくなる。ミャンマーは、半ば孤立化した状態であるが、欧米は、経済援助と市場の開放、投資など、経済的なアプローチをとるべきだろう。その上で、現在、進行中の民主化が、平和的に行われるよう圧力をかけるのが良い。ミャンマーからすれば、欧米に向けてのメッセージ効果も視野に入れてのことだろう。又、場合によっては、紛争問題など国連も活用すべきである。(正直、このあたりは、対ミャンマーというよりも、対中国なのだが)、経済発展で言えば、ベトナムなどが良い例である。ミャンマーが国際的な「ならず者」国家になることは、考えずらいが、背に腹は、変えられないのが現実である。本来ならば、ミャンマーとの友好関係もあり、最も得意分野で、イニシアティブが取れるのは、日本なのだが。。。

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