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2007年4月18日 (水)

真の「独立国」とは・・・

■さくら殿のブログを拝見させて頂き、いろいろと考えることがあった。集団的自衛権の問題や、憲法改正などである。本来ならば、もっと詳しく調べてエントリしたかったが、今回は、TBという形で、あれこれ、思うことを書いてみたい。

本来ならば、憲法9条、集団的自衛権、日米同盟など、個別にエントリするべきだが、とにかく雑感という形で記しておく。

尚、集団的自衛権については、以前にエントリしたものがあるので、参照されたし。

集団的自衛権をめぐる議論

■まず、細かいヒストリカルな部分は、今回は、追わない。ただ、日本政府の現状の9条解釈と集団的自衛権についての取り扱いについて確認しておく。

憲法9条解釈は、5つの解釈が可能であるが、現在までの日本政府の解釈は、「専守防衛最低必要限度の自衛力(実力)」は、保持可能であるという解釈である。それゆえ、自衛隊は、専守防衛の実力組織にあたる。

この9条解釈から、集団的自衛権は、権利は保有しているが、専守防衛の域を超えるという国会答弁を経て、行使できないとする解釈である。

(管理人は、解釈改憲で、特別措置法、時限立法で、憲法上、合憲か違憲が解釈がわれるような形は、好まない。主権国家として、独立国家云々以前に、この国家の形である、憲法をあまりにもないがしろにしている。)

とまあ、憲法問題は、また機会を改めるとして、集団的自衛権に関しては、憲法解釈の変更で、行使可能であろう。

ところで、石破元長官のご意見は、概ね賛同できるが、この「真の独立国家」という言葉が、少しひっかかる。つまり、管理人からすれば、法的レベルと政治レベルがミックスしている感がある。法的に言えば、日本は、集団的自衛権を有しているのであって、行使する、しないは、国内法優位説に立つ以上、憲法解釈で、禁止してても問題はない。もう少し詳細に言えば、政治レベルの運用問題と法的レベルミックスしているのである。(権利の保有とその行使の問題が混同している)

権利というのは、3つのレベルでみなければいけない。1に倫理的レベル(倫理・道徳的基礎づけ)、2に形式的レベル(法的レベル)、3に実質的レベル(政治レベル)である。

つまり日本は、集団的自衛権という権利は、保有しているのであるが、その実質的な運用レベルが禁止されている。つまり、法的には、なんら権利の保有に関しては問題はない。そもそも、法とは、解釈がつきもので、9条には、確かに権利の行使の禁止を明示的には、述べていない。9条のどこに書いているのかという問いも愚問である。日本は、国連加盟もしているれっきとした主権独立国家である。そもそも、主権国家の条件に、集団的自衛権の云々が必要条件ではない。

このように見てくると多分に政治レベルの主張であることがわかる。日米同盟の双務性に関しては、実質的レベルでみるならば、現状、役割分担と合理性も見いだせうる。ただ、管理人としては、形式的にも、実質的にも、双務性は、向上させるべきであるし、戦略目標、基地、計画、情報を共有し、日米の共通利益を追求すべきであると考える。

日米同盟に関しては、両国にそれぞれ、地位協定や、基地移転の問題、任務と役割など、話し合わなければいけない案件があるのは、事実である。

少なからず、防衛的諸制約を取り除くのは、この地域の安定と国際的な平和に貢献するためであって、過去の記憶を忘却するためでないことは、日本は、証明しなければいけない。「真の独立国」という言葉は、政治レベルの主張であるので、各々、見解があると思うが、定義が曖昧なので、釈然とはしないが、少なくとも現状、独立国ではないという認識なのであろう。国家のグランドデザインなき、世界戦略なき、国益論も観念論も管理人には、魅力を感じない。「日本よ国家たれ」というナショナリストにも、憲法9条を中心とする護憲派にも、リアリズムがないように思える。

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