« NATOの東方拡大論再考 | トップページ | コメント・TBについて(2) »

2007年3月 2日 (金)

外交戦略という言葉

■テンプレートをいろいろ変えて、申し訳ない。しばらくは、これでいこうと思う。結構、優柔不断である。

仕事帰りに、CDショップによって、さんざん迷ったあげく、あゆのベストを買ってしまった。。。特別ファンというわけではないが、なんか、こうベスト版って、御得な気がしてしまう。帰ってきて、ミュージック・ステーションをみたら、あゆとヒッキーが出てた。どうみても、ヒッキーの方がいい。個人的には、アンジェラ・アキさんのファンだったり、女優さんなら、中谷美紀さんのファンだったりするんだけど。

■今日は、少しハロルド・ニコルソンの概念を参考に’外交戦略’という言葉の意味について考えたい。(今日は、走り書き、備考録です)

■まずは、ハロルド・ニコルソンの『外交』(Diplomacy)の記述から考えよう。ちなみに、ハロルド・ニコルソンは、1886年、テヘラン生まれ、オックスフォード大学卒業後、父親と同じイギリスの外交官になり、第一次世界大戦後のパリ講和会議にも参加している。文学的才能もあり、著作も多い。(参照)詳しくは、細谷雄一先生の大英帝国の外交官を一読、願いたい。

おそらく、このハロルド・ニコルソンの『外交』は、現在でも、英国はじめ、多くの大学の学部生の教科書になっていると思う。

■では、ニコルソンは、外交をどのように定義づけしたのか。彼は、まず、「対外政策(foreign policy)」と「外交(dipromatic negotiation)」とを区分する。

前者の対外政策とは、国内の政治過程や手続きによって、営まれる政策形成過程を指す。これは、国内外の利害関係を反映した「立法的」性質がある。

後者の外交とは、他国との平和的な調整を目指した交渉を指す。これは、その技術に通じ、交渉相手の状況も予測しうる専門家による「執行的」業務である。

こうした区別は、ニコルソンが経験した第一次世界大戦前の少数のエリートが対外政策を手中に収めていた時代が終焉し、国内政治、国内世論が対外政策に重要な影響を与えうるようになった時代の変遷を表しているのだろう。

■しかし、ニコルソンは、対外政策と外交交渉を成功に導くための基礎となる高次の概念を提供していない。それが、「外交戦略」である。

外交戦略とは、おおまかに言えば、その国家が置かれた国際環境の下で、実現可能な目標を設定することである。管理人は、もう少し精緻にいつも定義づけているが、つまり、管理人の定義づけは、いくつもシナリオを想定し、それを内的シュミレートし、そこから生じるリスクとコストをヘッジ、マネージメントするアイディアが伴っているものを戦略と呼んでいる。「目標設定ーシナリオ想定ーシュミレートーヘッジ・マネージメント」となるだろうか。

軍事分析ではおなじみの区分、戦略(strategy)、戦術(tactics)、戦闘(battle)は、外交戦略、対外政策、外交交渉という区分と共通性を持つ。それは、戦術や、対外政策が、司令官や官僚・立法者の仕事であるのに対して、戦闘、外交交渉は、前線兵士や、外交官の仕事である。

■軍事史家、マイケル・ハワード(参照)は、「軍事戦略とは、常に自国の独立を目指し、しばしば自己の影響力の拡大を目指し、時には、自己の支配圏の拡大を目指す」、そして、その手段として、「軍事力、経済力、同盟国、世論」があると言っている。

外交戦略も、より目標は多様だが、また、手段として、平和的であるが、類似性をみてとることは可能だろう。

では、戦後、日本に外交戦略があったのかというテーマは、又、改めてエントリしたい。

■最後にどうでもいい話だが、管理人、京都で、下宿をはじめてから、花粉症になってしまった。はじめは、あまりに、部屋が汚いからかと思ったが、そうではないらしい。それ以来、この・これからのシーズンは、いつも、花粉症である。花粉症の方もいらっしゃるかと思いうが、かなり、ストレスが溜まる。のんびり頑張りましょう。

今、流してるバック・ミュージックは、ハイフェッツェではなく、ヒラリー・ハーンです。同じ歳ですか・・・。あゆは、明日にでも。

|

« NATOの東方拡大論再考 | トップページ | コメント・TBについて(2) »

「コラム・日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/179808/5549174

この記事へのトラックバック一覧です: 外交戦略という言葉:

« NATOの東方拡大論再考 | トップページ | コメント・TBについて(2) »