« 同盟(alliance)について | トップページ | 金曜日の夜中の討論? »

2007年3月29日 (木)

ゲーム的リアリズム

■まず、管理変更のお知らせです。あまりにスパムTBが多いため、TBは、承認制に致しました。画像への表示が遅れると思いますが、ご了承ほど、よろしくお願いします。

■今日は、仕事帰りに『ゲーム的リアリズムの誕生』という新書を買って、帰ってきました。まだ、読んでませんが・・・。

一見、ゲーム理論や国際関係論のリアリズムかと思うけど、この本、ご存知の通り、オタクから見た日本社会や、オタク文化論の本です。東浩紀氏の前作『動物化するポストモダン』の続編である。

■前作の『動物化するポストモダン』では、コジェーブの定義を援用しながら、日本社会は、消費型データベース社会に向かうと論じた内容だったが、管理人の感想は、それは、ある限定された一面であるということである。少なくとも日本社会全般には、適用できない。ただ、そのある一面をオタクから論じたことは、斬新で、おもしろい。

■ここで、少しライトノベルについて経済学的手法を用いて考える。(以下、友人のブログからの抜粋)

ライトノベルの文体は、緻密でない。 詩に近いものがある。 文字の外見的構造、文章の造形的性が、そこでは追求される。 ライトノベルは、かなり最初から他のメディアと競合して居る事に意識的にならざるをえないためである。

上記の事も理由であるが、ライトノベルは、背景描写も、緻密でない。 そこにおいては、ライトノベルの表現は、他のメディアと競合していることを利用する。
一方で、それは解釈=創作の自由度を確保し、一方では、他のメディアによって十分に訓練された意識シミュレーションの作法を、文法の中に滑り込ませる。

つまり、ライトノベルは「データベース」を効率的に利用する「データベース」経済学をはじめる。

そしてもちろん、ライトノベルは、ライトでなければいけない。

一冊を読むのに掛かる時間は、他のメディアに掛ける時間を余り逸脱できないし、してはならない。 というのも、「データベース」経済学の発展は、一方で、競合するメディアのより高度な機能分化に掛かっている。節約された時間は、「データベース」の発展のため投資にまわされることが期待されている。


メディアの高度な機能分化とは、機能、事項/時間の区別に即して言えば、一方では貸し借りできない時間があり、一方では、途方もなく選択すべき事項が増えていくということでもある。

いずれにせよ、この事態を戦略に組み込まねばならない。 選択に忙しい読者は、余り反省の暇もないかもしれない。 ライトノベルならば反省の替わりに「データベース」を提供できるだろう。 また、「データベース」経済学の事を少し考えるならば、読む時間の間に期待していい、物語の展開速度、読後感というものがある程度見定められるだろう。

読み終われば「データベース」切断、続けて 、接続「データベース化」開始 。

これだけは確実にいえる。  「データベース」は「形式」である。
そして、それは余りに容易に消費ということと結びつく。

■『涼宮ハルヒの憂鬱』に代表されるように、このシュミラークルなライトノベルの世界は、家族や、地域、社会、国際関係を超えた、個人と世界が直結するセカイ系の2Dではあるが、それはすでに、我々の意識内を超えた、世界と相互作用している。

詳しくはこちら稲葉氏のブログ小田中氏のブログ

|

« 同盟(alliance)について | トップページ | 金曜日の夜中の討論? »

「コラム・日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/179808/5902833

この記事へのトラックバック一覧です: ゲーム的リアリズム:

« 同盟(alliance)について | トップページ | 金曜日の夜中の討論? »