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2007年3月27日 (火)

同盟(alliance)について

■最近は、ベートーヴェンを聴く気力の無いほど、疲弊しております。やじゅんさんではないですが、健康には、気を配らないといけない歳になったものです。管理人の場合、花粉症で、病院に毎年、行ってますが・・・。あとお酒とコーヒーが飲めません。正確には、飲めるのですが、飲みたくないのですねw

平成の清沢洌たる雪斎さんが、「親米ポチ」と評価されるなら、管理人などは、「親米マウス」だろうか。マウスに失礼だぞと突っ込まれそうなので、先に、謝ります。ごめんなさい、マウスさんw(雪斎さんも、仰られている通り、他人のこのような評価をいちいち気にしていたら、やっていけないが・・・)

■今後、日米同盟について、論じていきたいと考えているので、その前段階として、まず、同盟とはなにかということについて、そんなこともう知っているよ思うだろうが、多少、教科書的にエントリしておく。

■同盟というものは、古代ギリシアの時代から見受けられる。特にヘロドトスの『歴史』などは、一級の歴史的史料である。簡単にまとめれば次のようになる。(同盟史についてはこちら

「もともとポリス同士が同盟を結んで連合して政治にあたろうとする動きは、ペルシャ戦争後の紀元前5世紀に結成されたデロス同盟に遡る。これは、アケメネス朝ペルシャという強大な外敵に対してアテナイを指導者として軍事的に連合することを目的としたものだが、のちにアテナイを支配者とする形態へと変貌した。これに対してスパルタがペロポネソス半島の諸ポリスとペロポネソス同盟を結んでペロポネソス戦争に発展し、結局アテナイの覇権とデロス同盟は崩壊する。紀元前4世紀にはスパルタがペロポネソス同盟加盟ポリスへの支配を進めたことから、世紀の半ばにはペロポネソス同盟も崩壊した。」

国際政治的には、ここから、2つの秩序(国際政治上の)が生まれていると考える。ひとつは、セキュリティ・ジレンマと、もうひとつは、バランス・オブ・パワーである。

以後、今日においても、同盟というものは、存在し、国際関係の中で、大きな役割を果たしている。

■まず、同盟について、簡潔に定義しておく。

「同盟とは、国際関係において、他国とパワーを結合して、自国のパワーを補ったり、増大させたり、あるポリティカル・イシューにおいて、外交的立場を強化しようとするアクター(国家)間の関係」とする。

その形成理論としては、バランシング(バランス・オブ・パワー)と、バンドワゴニング(強い方につく)がある。(この二つは、両立する)、加えて、バックパス(責任転嫁)というのもある。(これは、A国が脅威を回避するため、他国間の同盟に加わるというものである)

例えば、国際政治学者、ケネス・ウォルツは、国際システムの構造上、多極性よりも、2極性の方が安定するとしている。それは、多極性では、フリーライドの誘惑から、バランス・オブ・パワーが、機能しない(崩れやすい)可能性が高いからである。

そして、当然のことながら、リスクも発生する。(管理人は、すでに使ってきたが)

ひとつは、巻き込まれ(entrapment)リスクである。もうひとつは、見捨てられ(abandonmet)リスクである。

例えば、朝鮮半島有事があった場合、米韓相互条約という(軍事同盟)によって、アメリカは、韓国に巻き込まれるリスクが発生し、反対に在日米軍撤退政策のような政策は、見捨てられリスクが発生する。(同盟の理論は、文献1 文献2

■折角なので、同盟の分類基準についても触れておく。

K・J・ホルスティによれば、以下の4つに分類基準から、その同盟の特徴をみることができるとされている。(以下、簡単に日米同盟を例えに用いる)

①応援義務発生事由の性格(義務発生の条件、日本が急迫不正の攻撃を受ける場合、その兆候がある場合、アメリカは、日本を防衛する)

②条約締結国の保障するコミットメントの型(同盟の双務性と片務性とそのアプローチ)

③協力、あるいは、軍事統合の度合い(在日米軍・基地、自衛隊との協力、日本は、後方支援)

④条約の地理的な適用範囲(いわゆる極東条項、地政的には、フィリピン以北、但し、概念上となる場合もある。)

(今回は、極めて簡単に日米同盟を例に用いたが、今後、より詳細にエントリしていく。)

①に関しては、かなり曖昧であるのだが、日本、ドイツ、イタリア3国同盟の締結を巡る議論の中で、①②から、ドイツが他国に侵入した場合(戦争をはじめた場合)、「一触即発」条項として、日本も軍事行動をとるのかという議論があった。理論的には、巻き込まれリスクである。

■最後に、日米同盟を双務的にすべきであるという見解があるが、管理人も概ね賛成である。しかし、現状、これで、アメリカと対等であり、アメリカとイコール・パートナーになるわけではない。それは、条約上の形式的なものに過ぎない。それでも、大きな前進だとは思うが。さらに、同盟というのは、恒久的な保証はどこにもない。あくまでも、戦略上、必然的にその土台して、利害の一致が必要である。

■雪斎さんもエントリなさっている椎名素夫さんの逝去である。管理人は、直接、お会いしたことはないが、知米派政治家として、大変、ご尽力なさった方だと伺ったことがある。心からご冥福をお祈りしたい。

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「安全保障」カテゴリの記事

コメント

forrestalさんは若いから、徹夜が続いてもまだまだ平気でしょう。スポーツマンのようですし。私はそろそろお休みの時期を作らないとダメっぽいです。

同盟の起源は、私の先輩は中国の春秋時代からひもといてましたね(笑)。岡崎研究所か何かの論文で。ベタベタの中国専門家なんですけどね。

投稿: やじゅん | 2007年3月28日 (水) 21時52分

やじゅんさん

コメントありがとうございます。

私なんて、オタクの文化系ですw
スポーツは、カモフラージュですよw

そうですね、春秋戦国時代も確かに、そのような形態は、見られますね。
ただ、東洋では、同盟という概念・言説が発展してきませんでしたね。

少なくともシステムとして確立するのは、ウエストファリア以降ですからね。

投稿: forrestal | 2007年3月29日 (木) 22時07分

同盟研究は面白いのですが任ではやる人が多くありませんね。

投稿: 雪斎 | 2007年3月30日 (金) 10時43分

雪斎さん

コメントありがとうございます。
同盟研究は、おもしろいと思います。

理論構築や分析、東洋・西洋のケース・スタディなど、包括的に研究したものは、殆どないですね。

やっぱり、やる人が少ないからですね。

投稿: forrestal | 2007年3月30日 (金) 11時43分

あー、これは中国マニアの知的遊戯というか、教養みたいなものと思いますから、真剣にとっていただく必要はありませんよ(笑)。
なぜかネットに出てました。ご参考までに。書かれた方は大学の先輩ですが、中国文化については天皇陛下にご進講するほどの大家です。知的なシャレもこのレベルにいけば十分な刺激がありますね。
http://www.okazaki-inst.jp/alliance-pro-jap/ishizuka.jap.html

投稿: やじゅん | 2007年4月 1日 (日) 08時56分

やじゅんさん

再度のコメントありがとうございます。
情報提供までして頂いて恐縮です。

論文、拝見させて頂きました。

これが知的なシャレ、教養ですね。知的遊戯もここまでできるとさすがです。私のブログもシャレみたいなものですが。(笑)
ただ、この中国のあたりから、中国文献をもっと使って、本格的にやると、かなり、おもしろいと思うんですけどね。

コメントありがとうございました。

投稿: forrestal | 2007年4月 1日 (日) 20時17分

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